雪うさぎ~第一章~<卯龍(うりゅう)のお話> [ちょっと長めの物語]

「じぃちゃん、また雪が降ってきたよ。
今年はよく降るね。じぃちゃんの目、
ずっと真っ赤だけど、大丈夫?」
 
卯龍(うりゅう)じぃちゃんの目は、雪が降り始めると真っ赤になる。
強い紫外線にアレルギー反応を起こすそうだ。
学校で飼っているうさぎのぴょん太とおんなじ目だと翔太は思っていた。
 
「心配せんでいいさ。痛くも痒くもないのじゃから・・・。
 翔太は、雪が好きか?」
 
「うん。好きだよ。」
 
翔太は雪が大好きだった。
友達の多くは、大きくなったら都会へ出る事を望んでいるが、
翔太はずっとここで暮らしたいと思っている。
雪の無い冬なんて、絶対に嫌だった。
 
「わしもじゃ。わしが育った里も雪が深かった。
 良い所じゃった・・・。」

卯龍じぃちゃんの言葉に、翔太は少し驚いた。
卯龍じぃちゃんはこの村の出身だとばかり思っていたのだ。
でも、どうやら違うらしい。

「じぃちゃんの故郷ってどこ?」

翔太は聞いてみた。
 
「わしの故郷はな、うさぎの里というところじゃ。
 ・・・と言っても地図にはのっとらん。
 わしの赤い目には、帰り道が見える。
 この目が赤い時だけ見える不思議な道じゃ。
 ばぁさんとここに住むようになって、一度も帰ったことはないがの。」
 
卯龍じぃちゃんは、嘘や冗談を言うタイプの人ではない。
それは、ずっと一緒に暮らしている翔太が一番良く知っている。
でも、そんな事ってあるんだろうか。
 
「じぃちゃん、うさぎの里へ行く道は、僕には見えないの?」
 
「残念じゃが、翔太には見えやしまい。
 もっとも見えんでも迷いこむ人間は、時々おったが・・・。
 ばぁさんのようにな。」
 
「えっ。ばぁちゃんは、うさぎの里へ行った事があるの?
 ねぇ、じぃちゃん。もっと詳しく聞かせてよ。うさぎの里の話・・・。」
 
卯龍(うりゅう)じぃちゃんは暫く黙って、
窓の外の雪景色をじっと見つめていた。
そして、とてもゆっくりとした口調で話を始めた。
   
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「卯龍、卯龍はいるか?」
 
祭りの準備をしていた卯龍の所に、長老がやって来た。
 
「長老、またですか?」
 
「すまんの。いつもの通り、上手く送り返してくれ。頼んだぞ。」
 
長老は、それだけ言って帰っていった。仕方が無い。
この里に迷い込んできた人間を送り返すのは、わしの仕事じゃ。
祭りの準備を後に回して、卯龍は里のはずれに向かった。
 
卯龍の母は、人間だった。
父は、ここのうさぎらしかったが、
卯龍がまだ赤ん坊の頃に亡くなってしまった。
だから卯龍には、父の記憶が無い。
人間である母が、なんでここに来たのかも詳しくは知らない。
母は、そんな話をしなかったし、卯龍も聞かなかった。
そのまま、昨年母も亡くなり、
この里で人の姿をしているのは、卯龍一人だけになった。
けれど、卯龍はそのことで、嫌な思いをした事はなかった。
ここのうさぎ達は、見た目など気にしない。差別されることも無かった。
 
このうさぎの里では、年に一度、雪祭りが行われる。
その祭りのメインイベントはやはり、大相撲大会だ。
里のうさぎはみんな、この大相撲大会で優勝することを目指していた。
その大相撲大会で、この5年、卯龍は優勝し続けている。
この里で、卯龍を尊敬しない者はいなかった。

今日は、その雪祭りの日だ。

早いとこ、人間を送り返して戻らんといかんな・・・。

卯龍の心の中はもう、祭りの事で一杯だった。
 

その女は、とてもきれいな瞳をしていた。
きょろきょろとよく動くその瞳は、
迷って困っているというより、何かを探しているように見えた。
 
「道に迷われたのか?」
 
卯龍は女に声をかけた。
女は少し驚いた様子で卯龍を見つめた。
そして、とても嬉しそうに微笑んだかと思うと、静かにこう言った。
 
「あなたは、うさぎの里の方ですね。」
 
卯龍は、心臓が口から飛び出そうなくらい驚いた。
なんで、人間がうさぎの里の事を知っているんだ?
どうして、わしがうさぎの里の者だとわかったんじゃ?
頭の中で次々と浮かぶ疑問に、卯龍は言葉を失った。
 
「その真っ赤な目、おばあちゃんの話のとおりだわ・・・。
 私の祖母は子供の頃、うさぎの里に迷いこんだ事があるんです。
 お願いです。私をうさぎの里に連れて行ってもらえませんか?」
 
思わぬ展開に、卯龍は迷った。
でも、人間を里に連れて行ってはいけないなんて決まりはないはずだ。

・・・たぶん。
 
「じゃあ、まずは長老の所に案内しようか。
 えっと・・・、名前は?」
 
「花です。花と申します。」
 
「わしは、卯龍。一つ言っておくが、
 ここの里の者は、見た目が花さんと違っているんじゃが・・・。」
 
「うさぎ・・・なんですよね。
 それと、あなたのように赤い目をもった人にも、祖母はあったそうです。」
 
まぁ、そんな事もあるじゃろう。と卯龍は思った。
うさぎの里は、そういう場所だ。姿形が変わる事さえ、時々おこる。
 
卯龍は、その花という娘と共に、長老の家へ向かった。
    
  ○  ○  ○
 
「よう、いらっしゃった。」

花を見るなり、長老は言った。
卯龍は少し拍子抜けをした。
もしかしたら、叱られるかもしれないと覚悟をしていたのだ。
 
「はじめまして、花と申します。
 ふもとの村で、あんみつ屋をしております。
 祖母が昔、ここへ迷い込んだ事があるそうです。
 その話を聞いてから、ずっと来てみたかった。
 やっと来られたんですね。」
 
そう、花は話した。
卯龍は、あんみつとは何か気になった。
 
「あんみつって何じゃ?」
 
「あっ、ここには無い食べ物かもしれません。
 甘くてすごく美味しいんですよ。」
 
あんみつというものを食べてみたいと卯龍は思った。
と同時に、人間の世界に行ってみたいという想いが心の片隅に生まれた。
 
「今日はちょうど雪祭り。ゆっくりしていってくだされ。」
 
長老は、花にそういうと、卯龍に里の案内役を申し付けた。
卯龍と花は、雪祭りが行われている里の広場へ向かった。
歩きながら、卯龍は人間の世界の話を随分と聞いた。
人間の食べ物や流行の話はとても楽しかったし、
何よりそれを話してくれる花の笑顔が素敵に思えた。
 
広場では、祭りがすでに始まっていた。
笛と太鼓の賑やかな音がする。 

「みなさん、雪祭り恒例の大相撲大会が始まります。
 参加される方はお集まりください。」

 大相撲大会のアナウンスが流れる。

「花さん、少しここで待っといてもらえますか?」
 
「あっ、大相撲大会に出られるんですか。
 頑張ってくださいね。」
 
花の励ましに、卯龍は頬を赤らめた。
いつの間にか、卯龍は花に好意を感じていたのだ。
こんな気持ちは初めてだった。
その気持ちは、人間の世界への憧れと重なって膨らんでいった。
 
大相撲大会は、今年も卯龍の一人勝ちだ。
もはや、この里に敵はいない。
優勝カップを抱えて花の所に戻った。
 
「すごいです。卯龍さん、本当にすごかったです。」
 
花のほうが卯龍より興奮しているようだ。
はしゃぐ花の姿を卯龍はとても愛おしく思えた。
 
「わしも花さんと一緒に、人間の世界に行けないだろうか。」
 
気付いたときには、花にそう言っていた。
 
「・・・でも、こんな素敵な場所を離れられますか?」
 
急に真剣な顔になって、花が尋ねる。
 
「もう父も母もなくなって、ここにわしがいなくても困る者はおりません。
 わしは、出来れば花さんといたい。」
 
さっき出会ったばかりの花に、こんな気持ちを抱く自分に、
卯龍自身が一番驚いていた。

卯龍が、人間の世界へ行きたいと長老に申し出た時、長老は言った。
 
「お前が人の姿をしているのは、
 母が人間だったからじゃない。
 お前が心からうさぎの姿を望めばそうなった。
 この里にはそんな不思議な力があるのじゃ。
 でも、お前は人の姿を心の中で選んでいた。
 それは、いつか花さんと出会うためだったのかもしれんな。
 卯龍よ、人間の世界では雪が止めば、
 ここへ帰る道が見えんようになる。
 帰りたければ、冬を待つがいい。元気で暮らせよ・・・。」
    
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「そんな事があって、わしは、ここに住む事にしたんじゃ。」
 
「それで、人間の世界はどうだった?」
 
翔太は、卯龍じぃちゃんに尋ねた。卯龍じぃちゃんは少し笑って答えた。
 
「もちろん、幸せじゃったよ。あんみつも旨かったしなぁ。」
 

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あれから十五年の月日が過ぎた。
翔太は大人になり、あの時の卯龍じぃちゃんの話も忘れかけていた。

ある雪の降る夜。
会社帰りの道で翔太は、一人の女性に目を奪われた。
真っ白い肌、よく動く瞳。
そしてその目は、赤く輝いていた。

間違いない。卯龍じぃちゃんと同じ目だ。

思わず、声をかけた。

「あの、今夜は冷えますね。
 もしよろしければ、あんみつでも食べに行きませんか?」

その女性は、翔太の事を警戒する様子も無く答えた。

「あんみつって何ですか?」

翔太は彼女がうさぎの里から来たことを確信した。
卯龍じぃちゃんの話は、本当だったんだ。
そう思うと、何となく嬉しくかった。

「あんみつは、甘くて美味しい食べ物です。
 よかったらご馳走させて下さい。
 美味しいお店、知っているんですよ。」

彼女は嬉しそうに頷いた。

「申し遅れましたが、僕は翔太と言います。」

「私は、雪です。」

雪うさぎだ、と翔太は思った。

                 つづく。。。

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コメント 2

haru

不思議の国のアリスのようなお話かと思ったら全然違いました。(笑)
さて、つづきはどうなるのか楽しみ楽しみ。
うさぎの里へ翔太は行くことができるのかなぁ~?
雪うさぎさんと結婚するのかなぁ~?

あ、あわてない、あわてない。。。ですね。つづき待っていま~す。
by haru (2013-01-20 19:40) 

春待ち りこ

>haruさん
そうですよね。。。ウサギといえばアリスですよね。(笑)
(´Д`;)ヾ ドウモスミマセン

さて。。。これからどうなるか。。。
待っていてくださって嬉しいです。
ちょっと長くなりますが
よろしくお付き合いくださいませ。
by 春待ち りこ (2013-01-21 15:29) 

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