仔猫の恩返し [ちょっと長めの物語]

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少年は、川沿いの道を歩いていた
ふと、川の方に目を向けると
仔猫が川に流されているのが見える
少年は、思わず川に飛び込んでその仔猫を助けだす
びしょ濡れのまま川岸の小石の上に座り込んで
仔猫をなでながら。。。つぶやいた
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「本当に危ないところだったね。
 助かってよかった。」

すると仔猫は。。。ニャーと。。。言わずに
こんなことを言ったんだ

「ありがとう。。。
 おかげで命拾いをしました。
 お礼にあなたの願いを三つだけかなえてあげましょう。
 私はただの猫ではないのです。
 神様の使いとでも言いましょうか。。。
 もっとも、川で溺れるくらいだから
 たいしたことは出来ないのですが
 あなたの願いを叶える力くらいならありますよ。」

「えっ?願い事。。。
 急に言われてもなぁ。。。
 思い浮かばないよ。
 お礼をしてもらいたくて
 助けたわけじゃないし
 別に。。。何もいらないから。
 もう川で溺れないでくれよ。」

仔猫はちょっとびっくりした顔をした

「人間というのはみんな、欲深いものだとばかり思っていました。
 あなたみたいな人もいるんですね。
 わかりました。今すぐにとは言いません。
 あなたが死ぬまでの間に
 もしも願い事が出来たなら、私を呼んでください。
 その時、お礼をさせていただきます。
 本当にありがとうございました。
 びしょ濡れになってしまいましたね。
 どうか、お風邪などをひかれませんように。」

それだけ言うと
仔猫は、どこかへ去って行った

そのあと、少年は
願い事のことなどすっかり忘れてしまった

そのまま月日は。。。流れていく
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少年は、青年になっていた
ここは、真っ白い壁に囲まれた病室のベッドの上
青年は、青白い顔をしながら
ただただ、痛みと闘っている
ベッドの横では
青年の母親が心配そうに青年を見守っていた

1年前。。。
青年は病魔に侵された
現代の医学では治しようもない
不治の病というやつだ
病気の進行は早く
青年には時間がなかった
病気は痛みを伴うものだったが
青年は、必死にその痛みと闘っていた
弱音は吐かなかった
恨み言も言わなかった
ただ。。。その運命を
全身の痛みと共に受け取り
闘い続けていた
この一年。。。
青年は精一杯生きていた

青年の母親は
青年以上にやつれていた
息子の苦しむ姿を見守ることしかできない自分が辛かった
代われるものなら、代わってやりたい
いくらそう思っても、決してそうはならないこと
それが、何よりも悔しかった
母親は、ひそかに決めていた
息子を一人で逝かせはしないと。。。
もしものことがあれば。。。私も一緒にと。。。

口にこそ出さなかったが
青年は、母親のそんな思いを
なんとなく感じとっていた

だからまだ、死ぬわけにはいかない。。。

何度も死の淵をさまよいながら
青年はそれでも生きた
それは、母親のためでもあった
だが、青年の頑張りも。。。
そろそろ限界が近づいている

ある日、青年は夢を見た。。。
懐かしい夢だ
少年の頃。。。川で溺れていた仔猫を助けたこと
そのあと仔猫が言った。。。あの言葉も

青年はあの仔猫を呼んでみようと思った
実は、今までも何度か
仔猫を呼ぼうとした事があった
でも、呼ばなかった
いや。。。呼べなかったのだ

しかし、もう青年には時間がない
これが、ラストチャンスかもしれない
青年は、そう思った。。。

仔猫は、すぐに現れた
しかも、あれから随分と時間がたっているのに
あの時のまんまの仔猫の姿
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「私を呼びましたか?
 やっと願い事が決まったみたいですね。
 さぁ、何でも言ってみてください。
 私ならあなたの病気を治すことだって出来ますよ。」

しかし、青年は首をゆっくり横に振った

「病気を治してほしいとは思ってないよ。
 これは、僕の運命だ
 もう、受け入れる覚悟は出来ている。」

「えっ?でしたら、どんな願い事ですか?」

仔猫は信じられないといった顔をする

「願い事は三つだったよね。。。」

「はい。」

「じゃあ、まずは一つ目の願いだ。
 僕を人の訪れることのない場所へ
 運んでくれないか?」

「お安い御用です。。。
 では、目を瞑っていただけますか?」

「わかった。こうか?」
 
「はい、それでは行きますよ!!!」
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次に青年が目を開けると
目の前に広がっていたのは広い草原
どこまでもどこまでも広がるその草原は
まるで、果てなどないように思えた

「ここなら誰も来ないと思います。
 地図にさえ載っていない未開の草原ですから。
 さて、2番目の願い事は何でしょう?」

「うん。。。
 じゃあ、この痛みをとってくれる?
 この一年、ずっと痛みが続いていてさ。
 痛くない自分がどうだったか。。。
 思い出せないんだよね。」

「えっ?痛みを取るだけですか?
 何度も言いますけど
 私ならあなたの病気を治せるんですよ。
 病気が治れば、あなたはもっと生きられるし
 痛みだって消えてなくなります。
 どうせなら、病気を治しませんか?」

「それは、出来ないよ。
 僕には出来ない。
 痛みを取ってくれるだけでいいんだ。」

「いったいどうして?」

仔猫は納得できないようすだった

「あのね。病院ではさ、毎日のように誰かがいなくなる。
 元気になって退院してゆく人もいれば
 亡くなってゆく人もいる。
 亡くなってしまう人のなかには
 僕より若い人だって大勢いて
 まだ子供って場合もある。
 実はね、僕は何度か君を呼ぼうとしたことがあったんだ。
 助けたい命がたくさんあってさ。。。
 でもね、僕に助けられるのは、たった3つの命だろ。
 僕には選べなかった。
 僕には君を呼べなかった。
 あの時、決めたんだ。
 こんな時が来ても
 僕は病気を治すっていう願いだけはしないって。
 そりゃあ、僕だって生きていたい。
 でもさ、僕はこう思ったんだよね
 この世には毎日。。。
 新しい命が生まれてきている。
 誰も死ななくなったら、どうなると思う?
 食糧だって足りなくなるし
 そうなれば、殺し合いだってするかもしれない。
 それでもさらに、人が増え続けるだけだとしたら
 それこそ、人類滅亡だろ。
 だから、神様がきっと。。。選んでくれてるんだよ。
 生きるべきものと死ぬべきもの。
 長生きをする人もいれば。。。若くして死ぬ人もいる
 それは、僕らにしてみたら不公平のように感じるかもしれないけど
 本当は、この世が存続するために必要なシステムで
 それを僕たちは運命と呼んでいるんじゃないのかって。
 だったら。。。この僕の運命を
 僕は受け入れようと思うんだ。」

「そうですか。
 そんなふうに思っているのですか。。。
 わかりました。あなたの痛み、とってあげましょう。」

仔猫は、ニャーと一声鳴いた。。。
すると青年の痛みは、嘘のように消えて行った

「あっ、痛くない。。。
 痛くないよ!!!
 痛くないって、こんなに嬉しいんだね。
 こんなに幸せなんだね。ありがとう。
 本当にありがとう。」

痩せ細った青年が笑っていた
本当に幸せそうに笑っていた
仔猫は、ちょっと切ない表情を浮かべる

「さぁ、いよいよ最後の願い事ですよ。。。
 気が変わってもいいです。
 誰もあなたを責めたりしないし。。。
 あなたはちっとも悪くありません。
 だから、病気を治してください。
 だって、私にはそれが出来るんですから。。。」

仔猫が今にも泣き出しそうな声で言う

「ありがとう。
 でも僕はこれで。。。
 痛みがなくなっただけで充分幸せだよ。
 最後の願いはね。
 僕の家族から僕の記憶を全部消してほしい。
 変なお願いだと思わないでおくれ。
 あの人たちは、とても優しい人達なんだ。
 特にかあさんは、僕が死んだら自分も。。。
 なんてことを言いかねない。
 それは、どうしても嫌だ。
 僕には、強いとうさんと優しい姉さん
 そして、可愛い弟がいてね。
 僕がいなくなっても、彼らがきっと
 かあさんのことを守ってくれると思う。
 僕はこの人生で、心配ばかりかけてしまって
 苦しい想いばかりさせてしまったからね。
 もう僕のことで、かあさんも他の家族も泣かせたくない。
 こんなお願い出来るかな。」

「出来ますけど、あなたは本当にそれでいいんですか?
 あなたの生きた証。。。なくなってしまいますよ。
 それに、あなたの家族にとっても
 あなたの記憶って大切なものなんじゃないのですか?」

「うん。。。わかってる。
 わかってるんだけど、僕は
 これが一番いい方法だって思う。
 僕は、家族に笑って暮らして欲しいんだ。
 僕の生きた思い出は
 僕があの世にもっていくよ。
 大切に。。。大切にさ。
 死んだって、忘れない。忘れるもんか。
 だから、それでいいんだよ。
 お願いするよ。どうか。。。どうか」

痛みは消えていても
病気が治ったわけではなかった
それだけ言うと、青年は静かに息をひきとった

仔猫は。。。
青年の三つ目の願いを全て叶えた後で
また、どこかへ消え去った

草原は、青年の命をその身体ごと
その体内に飲み込んでいった

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「いってきまぁす。」
「いってきます。」
「それじゃぁ、いってくるよ。」

「いってらっしゃい!!!」

家族を送り出したあと洗濯物を干す
今日は、天気がいいから
洗濯も良く乾くと思う
ちょっと嬉しい気持ちになる
さて、一休みしよう。。。
洗濯物を干してから、お茶を飲む
これが毎日の私の習慣だ

「今日は、コーヒーでも淹れようかな。」

食器棚のお気に入りのカップの奥に
少し大きめのマグカップを見つける

「あら、こんなカップあったかしら。」

そう思いながら、手に取って眺める
涙が。。。溢れてきた
どうしてだろう
溢れた涙が止まらない

私、どうしちゃったんだろう。。。

突然、頭の中に青年の姿が浮かんだ
見知らぬ青年だった
でも、なんだかとても懐かしくて
愛おしく思えてしかたがない

あなたはいったい誰なの?

結局。。。
その青年が誰だったのかはわからないまま

私は、お気に入りのカップと
その少し大きめのマグカップに
2人分のコーヒーを淹れた

そうせずにはいられなかった
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かあさん。。。

ふと。。。そう呼ばれた気がした
       
               おしまい
 
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